36歳のアンパンマンマーチ

仕事のこと

年を取ればとるほどアンパンマンのマーチの歌詞が心に突き刺さる今日この頃。

らぽさんです。

僕も今年36歳となり、今後の人生のことなんかも時々考えたりします。有難いことに子供にも恵まれ、毎月生きていけるだけの給料をもらえる仕事に就き、とりあえず衣食住には困っていない日々。

それでも人間なので一つの欲が満たされれば、次の欲を満たしたくて何かしら不満を見つけてしまうようです。

若いと絶対的に言い切れる年じゃなくなってきたせいか、何が自分にとっての幸せなのかをついつい考えてしまう。そう、アンパンマンマーチの歌詞のように

なんのために生まれて 何をして生きるのか

わからないまま終わる そんなのはいやだ!

アンパンマンのマーチ 作詞 やなせたかし

うーむ…

36歳の段階で考える自分にとっての幸せとは

自分にとっての幸せとはなんなのか、どうすれば本気出して考えられるのかわからないが自分なりに考えることはある。

言語化できるレベルで、現時点での自分にとっての幸せを挙げてみる。

・仕事で適度に疲れた一日の終わりにビールを煽る時
・子供の成長を見ている日々
・人から認められたり、人の役に立った時
・友人の役に立てた時
・できないことができるようになった時
・自分のギャグに誰かが笑ってくれた時
・肉体的限界を超えられた時(筋トレw)
・知識を得てそこからどんどん世界が広がっていく感覚(資格試験がわかりやすい?)

別に子供がいるから後は子供の成長さえ見れたらあとはすべてほどほどでいい…なんて年老いたことは思っていないつもり。子供たちの人生は子供たちの人生であって、自分自身の人生とはまた別。

自分自身の成長をこれからも見ていきたいし、それが自分にとっての喜びでもある。

まあ子供が生まれてから、自分自身をより成長させたいという気持ちは強くなったかもしれないな。

そんなこんなで今の自分にとっての幸せを挙げてみたわけですが、これが将来40歳、45歳、50歳…と歳を取るにつれて同じかというと絶対そうじゃないとは思ってる。

今感じている幸せがそうじゃなくなったり、もしくは薄まることもあるんじゃないかと。

その逆もまた然りですが。

自分にとっての人生における仕事の比重

仕事にどこまで人生の幸せを求めるかも悩んだりする。もしかしたら同年代の人にとっては同じことを思っている人もいるかもしれないので、ぜひ話を聞きたいところ。

バリバリ仕事ができて仕事に脂がのり、仕事楽しくて社会的にも認知されて自分の存在意義を感じられて…という人は例外としてもちろんいるでしょう。

でも多くの人は普通のサラリーマンだと思うんです。

全員が全員、イキイキして働くのが楽しい!という社会に生きられたらどれだけいいかと苦笑
品川駅での炎上広告もそりゃ皆が皆楽しんで仕事できる世界はユートピアでしょうが…現実問題無理でしょう。

現実は良くも悪くも、増える仕事の量とプレッシャーに悩み、家庭と仕事のバランスに悩み…という人は多いんじゃないかと。下手したら仕事が原因で人生を断ってしまう人だっているこの世の中。

僕も完全にこのタイプです。仕事だけに幸せを見出すことはできないタイプというか。

今のご時世、昇進を希望しない若手が多いと言われてます。なんでも昇進して偉くなりたいという気持ちはあまりなく、たとえ給料が上がらなくても仕事を増やされるよりかは自分の趣味やプライベートを充実させたいという考えが多いようです。

職場的に上が圧倒的に足りていない組織だから、30代中盤を迎えた自分自身も今後、多分昇進を迫られる立場になっていきます。

思うところあり、現時点では昇進を考えていません。しかし、これもまた更に年を取ればとるほど周囲の同年代が昇進したり責任あるポジションになっていくので、それを見るたびに焦らされることもあるのかもしれない。

その時になって、自分にとって昇進して上のラインの仕事をすることが幸せにつながるというならまだいい。

流された挙句、必要以上のプレッシャーに苛まれることになって悲劇を迎えた人を何人か見てしまっているため、昇進に積極的になれない自分もいる。

かといって趣味や家庭だけにフルコミットして仕事をなおざりにしても、自分が思う幸せとはかけ離れる気がする。僕の現時点での仕事に対する基本的スタンスは「生きていくために仕事する、それ以上でもそれ以下でもない」だけど、これから歳を取ればとるほどその土台が揺れてしまう気がする。まだまだ不惑には程遠いと思ってる。

歳を取れば取るほど、若さという言い訳が利かなくなる分、いやがおうにも他の人が気になってしまうのかもな。

仕事以外の幸せは…?

仕事以外での幸せはどうだろうか。今、家族も増えたということでとても家が欲しい。理想となる家を手に入れて、そこで理想的な生活を送っていると想像するととても幸せだ。

しかしこれも叶えた瞬間に過去のものにならないかと不安にもなる。手に入れてしまったが最後、あっけなく終わってしまうのではないかという怖さもあったりする。

所有欲は36歳のまだ若いといえる年齢ゆえにそれなりにある。家も欲しい、クルマも欲しい、いいギターやベースが欲しい(よし、嫁氏に相談だ)。

でもこれから歳を取れば取るほど所有欲がもたらす幸せも減っていくんじゃないかなあと漠然と思ったりする。

これから更に年を取っていく。節目を考えれば次は40歳、次は45歳、次は50歳、次は…

それぞれの歳になった時、今36歳で感じている幸せがすべてそのまま適用できるかといったらそうではないだろう。所有欲より名誉欲を優先するかもしれない、名誉欲より健康を優先しているかもしれない。

とりあえず36歳の今、後悔のない日々を過ごしているつもりではいる。将来を考えれば、もっとこれをやっておくべきという要素も多少はあるかもしれないが、天秤にかけた上での選択なのでそれについては後悔はしない…と思っている。

ある意味、現代に生きて幸せだと思うこと

そんな感じで最近は自分にとって幸せを考えるわけですが、自分は生まれたのが現代でよかったのかも…と思う時があります。

なんといってもテクノロジーが発達し、仕事以外でも様々な自己実現の可能性が広がっている社会だからです。

思えば、これがひと昔前のインターネットなんてない時代であったのなら、求める幸せは限られていたのかもしれません。歳を取ればとるほど、昇進して肩書がつくことが自分にとっての存在意義になったんじゃないかと。歳を取って仕事で役職についていなければ、よっぽどメンタルの強い人じゃない限りは自分の存在意義について悩んだんじゃないだろうか。

それは現代だと違う。インターネットもあるので自己実現の術は仕事以外にもたくさんある。

思えば、マイホーム信仰だったり、車を買うのが当たり前だったりとひと昔前の常識と思われていたことが今はそうでないということも、インターネットを通じて過去の常識が常識じゃなくなった時代です。

クリエイターとしてインターネットに自分の成果物を発信して喜びを感じる人もいるし、SNS上で知り合った人との交流に喜びを見出す人もいる。様々な価値観を持った人がいるということをインターネット上で知ることができるというのは、昔と違って、幸せの価値観は拡がったともいえるのではないだろうか。

むろん、その弊害もあると思うんですけどね。

上を見たらきりがない残酷な世界でもあるわけだし。

でも、仕事オンリーに幸せを見出すことのできない人もいる世の中、昔の常識に縛られない幸せを追求していけるのは本当にありがたいことだなと思う。

幸せの先送りだけはしないようにと思う

36歳という若いんだか若くないんだか狭間にいる年齢になり、やっぱり将来のことを考えてしまう。

子供もいるし、自分だけのことを考えているわけにはいかない。不安な未来を少しでも避けたくて、その代わり他ならぬ今を犠牲にして未来に備えようとしてしまう自分もいる。

だが、自戒のためにも意識するけど、36歳の今は今しかない。今しかできない経験や先送りすればするほど効用が薄れるものはいっぱいある。

秋晴れが続く最近、生後3か月になった長男をベビーカーに乗せて、近所をてくてくと散歩しながらそんなことを思う。

きっとこの穏やかな日々も将来振り返ったら今しか感じることのできない幸せだ。

今感じれる、今感じたいと思うモノ・コトについては自分に遠慮せずやっていこうと思う。

アンパンマンのマーチは生きている限り鳴り響く

なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ

わからないまま終わる そんなのはいやだ!

アンパンマンのマーチ 作詞 やなせたかし

こんな哲学チックな問い、常に自信満々で答えられる人いたらすごいな。

自分は今後も常に自問自答して生きることになりそう。その場その場で最適解を見つけていくしかないというか。今感じられる幸せを最大化させるために今できることを積み上げて日々を一生懸命生きていこうかとは思っています。

そして漠然とではありますが、今後も人と繋がっていきたいなとすごく思ってる。これまでの人生、人には恵まれてきたと自負してるんですけど、今後も人との繋がりを増やしていきたいし、大切にしていきたい。そこから得る幸せはかなりあると自分では思ってます。

あと、「自分と言えばこれ」というものをずっと研ぎ続けていきたい。それがなんなのかはまだ模索中ではあるのだけれど。

そんなわけで、自分にとっての幸せを少し考えてみました。

きっと何歳になっても、アンパンマンのマーチは自分の中で鳴り響き続けるんでしょうね。

そうだ うれしいんだ  いきるよろこび
たとえ むねのきずがいたんでも

なんのためにうまれて なにをしていきるのか
こたえられないなんて そんなのはいやだ!

いまをいきることで あついこころもえる
だから きみはいくんだほほえんで

そうだ うれしいんだ いきるよろこび
たとえ むねのきずがいたんでも

あ あ アンパンマン やさしいきみは
いけ! みんなのゆめまもるため

なにがきみのしあわせ なにをしてよろこぶ
わからないままおわる そんなのはいやだ!

わすれないでゆめを こぼさないでなみだ
だから きみはとぶんだどこまでも

そうだ おそれないで みんなのために
あいとゆうきだけがともだちさ

あ あ アンパンマン やさしいきみは
いけ! みんなのゆめまもるため

ときははやくすぎる ひかるほしはきえる
だから きみはいくんだほほえんで

そうだ うれしいんだ いきるよろこび
たとえ どんなてきがあいてでも

あ あ アンパンマン やさしいきみは
いけ! みんなのゆめまもるため

アンパンマンのマーチ 作詞 やなせたかし

それではまた。

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