横道世之介×星野源「Friend Ship」

書評

世の中にはたくさんの青春小説がありますが、僕がこれまで読んできた中で一番のお気に入りは何か?と聞かれた場合、この作品を勧めます。

吉田修一の横道世之介です。

4~5年前に購入して読んで以来、1年に一回くらい読んでいる。そのたびに目頭を熱くなってしまう。自分にとって、非常に愛おしい作品といっても過言ではありません。

あらすじをざっと説明すると、地方から東京の大学に進学した世之介が友人や恋人、色々な人と出会う中での出来事を綴った物語。とはいっても書かれている内容は大学1年生の出来事が中心です。

そして、世之介達が大学を卒業したその遥か先、世之介と他の登場人物達が30代後半~40歳になった頃がそれぞれの登場人物目線で少し描かれています。

さてさて、この本、内容だけをかいつまんで話すと主人公である世之介が大学の入学式でたまたま隣に座った倉持と友達になったり、なかば成り行きで倉持とサンバサークルに入ったり、お嬢様の祥子ちゃんと教習所で知り合ったのがきっかけで恋人になる話だったり、と思いきや年上の魔性の女性に恋してしまったり、その好きな年上魔性女性のことを話したくてたまらない世之介がたまたま誰でもよかったけど学食の隣に座っていた加藤と友達になって彼のエアコンのあるアパートに入り浸ったり、サークルの先輩に紹介されたホテルのバイトに勤しんだり…

そう、大学生を過ごしたことがある人ならなんとなく共感しそうなシチュエーションが描かれています。似たような経験をしてる人、結構多いんじゃないかな。

そこで「こんなありきたりなエピソードで小説として面白いということは、この主人公のキャラが立っているのか?」と思う方もいるかもしれません。

そうですね、40歳になった元恋人である祥子ちゃんが言うには「なんでもYESと言っちゃう人」というようにどこか間の抜けたキャラです。ここは小説の裏表紙のコメントがうまく的を射ていると思うのでそれを引用しますが世之介には「愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さ」があります。
立派でもなんでもなく、どこにでもいるような大学生なのかもしれません。

それなのに、読み終わった後のこの読後感はなんなのでしょう。
内容はわかっているんだけど、毎回読み返すたびに涙してしまう。

この小説のすごいところというか、深みを自分なりに考えてみます。
それは、一人の人間と出会ったことで、その人間が今後の人生の片隅にちょこっとでも存在するようになる人生の不思議な縁といいますか。

どんな人にもこれまで生きてきた人生を振り返れば「そういえばあんな奴いたな…」って過去を懐かしめる友人や人がいるかと思うんですよ。

この小説では、まさに「そういえばあんな奴いたな…」という視点から大学1年の時に世之介と関わった人達の回想が随所随所にカットインしてきます。

友人である倉持と加藤、世之介が憧れた魔性の女である千春さん、そして教習所で出会ったお嬢様で世之介の恋人だった祥子ちゃん。世之介が大学1年生のキャンパスライフを送っている描写の随時に挟まれる形で、それぞれが30代後半~40代になっている時点での回想シーンがあります。

正直、これら人物は3~40代のいい大人になった時に「あの頃はよかった…」と当時を振り返るわけではありません。普通に幸せに年を取って過ごしている…というありがちな状態ではなくそれぞれが何かしらを抱えています。

出来ちゃった婚で大学を中退した倉持はガムシャラに働いて、子供を妻の唯と共に育てるが、思春期を迎えた娘の智世の素行に苦悩します。

千春さんのことを誰かに話したくてたまらなかった世之介がたまたま学食の隣にいて話しかけた相手だった加藤はゲイの恋人と暮らすためにマンションを購入し、そこで暮らしています。恋人の病気が発覚して、恋人を喪ってしまう恐怖に駆られることもあります。

世之介が憧れた魔性の女である千春さんはラジオのパーソナリティーとして活躍して、将来有望の画家と付き合っています。

この大学生活と並行して随所にカットインされる未来の世之介と関わった人達が過去を振り返る回想シーン、非常にこみ上げてくるものがあります。

回想シーンの時点では楽しかった青春時代はとっくに過ぎ、登場人物はそれぞれの悩みや葛藤、目標を掲げて人生を懸命に生きています。

そんな一生懸命に生きているときに、ふと、彼のことが頭の中で思い浮かぶんですよね。

「世之介、あいつ今何してんのかな」と。

世之介との出会いは長い人生において特段大きな影響を与えるものではない。

それでも、出会ったことで誰かしらの人生に「あいつと出会えてよかった」という温もりを与えました。生きていく上では何の足しにもならないけど、それでもあいつと出会う人生とそうじゃない人生なら前者のほうがいい。

自分自身の人生に置き換えて考えてみても、一期一会の出会いは奇跡といってもいいんだなって思わせてくれる作品であります。

==================

それぞれの回想シーンのくだりを読み進めていくと、肝心の世之介は彼らが生きている現代で今何してるの?と読み進めていくと思うようになります。

明言はしないけど、徐々に「肝心の世之介は今何してる?」と読者に思わせる見せ方は本当に秀逸だと感じますね。

小説を繰っていくと少しずつ、それがわかってきます。
回想シーンの最後のターンである祥子ちゃんのくだりはもう涙なしには読めませんよ。
僕は何回読んでも祥子ちゃんの世之介回想シーンで号泣します。

そしてそこで改めて、世之介の現在を知ることになります。(厳密には千春さんの時にわかっちゃうんですけどね)
僕はこの小説の締め方がとても好きで、よくこんな締め方思いついたなと吉田先生を尊敬せざるを得ません。
物語の終盤、世之介と祥子ちゃんの恋人としてのくだり(過去)と祥子ちゃんの回想シーン(未来)がリンクする瞬間があります。

世之介が興味を持ち始めたカメラでなんとなくシャッターを構えて取った写真たち。そこには大学1年生だった時の世之介がその瞬間に切り取った彼の目線がありました。

祥子ちゃんが「一番最初に見せてほしい」といった世之介の写真は、そこから20年近く経った後に約束通りいい大人になった祥子ちゃんが一人だけ見ることになります。

そこには時代を超えた二人だけの約束がありました。

続きは、小説で読んでみてください。

====================

この小説、映像化もされているのですが吉高由里子演じる祥子ちゃんがどハマりしてていいです。特に自宅でカーテンにくるくると巻かれる小説での伝説のキュン死に描写もばっちりで、さすが吉高由里子…

あとどうしても言いたかったことがあるのですが、僕はこの小説を読み終わった後に、星野源の「Friend Ship」という曲が頭の中を駆け巡ります。

この曲はこの小説のために書かれたのでは?と勘ぐってしまうくらい。
それくらい各シーンと歌詞がリンクしてしまう。

いつかまた 会えるかな雲の先を 気にしながら口の中 飲み込んだ景色がひとつ 水の底に消えた

君の手を握るたびにわからないまま胸の窓開けるたびにわからないまま笑い合うさま

星野源 「Friend Ship」

例えばここの歌詞を聞くと、毎回世之介と祥子ちゃんの関係かなと思ってしまう。
二人のほんわかした関係は最高ですね。付き合いたての頃の新鮮な気持ちが伝わってくるようです。

何処までも 何処までもつづく旅の隅で何時までも 何時までも君のことで笑う

星野源 「FRIEND SHIP」

大サビ前のこの歌詞で思い浮かぶのは、学生時代に出会った世之介の友人たち。
それぞれの事情を抱えながらも懸命に今を生き、そしてふとした瞬間に大学時代の友人であった世之介を思い出しては懐かしんだり、なぜか笑ってしまったり。

世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何か変わるだろうかと、ふと思う。

たぶん何も変わりはない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。

P189 加藤の回想

物語の終盤は祥子ちゃんとの大切な時間が描かれます。そしてそこらに転がっている男女の話のように、世之介と祥子ちゃんもずっと続くわけではなく、1年近くで別れることになります。

それでも、付き合っていた頃の楽しい時間は祥子ちゃんの中にポツンと残っていたのでしょう。大人になった今、当時を思い返せば笑いがこみあげてきてしまう。

「……どんなひとだったの?」とシルヴィが訊いてくる。

車のライトが道端の小石をきらきらと照らしている。

「どんな人……」

星空の下、どこまでも続く荒野で世之介のことを思い出そうとしてみた。もう二十年以上も前になるのに、当時のままの世之介の笑顔が浮かんでくる。

「…どう説明すればいいのか、分からないのよね」

「ショウコが好きになるくらいだから、きっと立派な人だったんでしょうね」

「立派?ぜ~んぜん。笑っちゃうくらいその正反対の人。」

「そうなの?」

「ただね、ほんとになんて言えばいいのかなぁ……。いろんなことに『YES』って言ってるような人だった」

ハンドルを握ったままシルヴィがちらっとこちらに目を向ける。

「……もちろん、そのせいでいっぱい失敗するんだけど、それでも『NO』じゃなくて、『YES』と言ってるような人…」

P413 祥子の回想

自分自身の人生の舵先を決めるきっかけとなったのは、意外にもそんな彼だった。
人生の一瞬の中で出会った人が、自分の人生を変えることすらもあり得る。
現実世界でもそうだと思いますが、人との出会いって本当に奇跡ですよね。

======================

季節が巡り、世之介が大学進学のため上京してきた大学1年の4月から、大学2年生進学前の3月で物語は終わります。

ただ1年の時間が過ぎただけ。それなのに読み終えた後寂しさを覚えるのは、世之介が過ごしたこの情けなくもダラケた、恋に友人にバイトに帰省と、なんだかんだ充実した慌ただしい青春時代が過ぎ去ってしまったという感覚を味わせてくれるからかもしれません。

片手をあげて電車に飛び乗ったこの若者、名前を横道世之介という。

今からちょうど一年前、大学進学のためにここ東京へやってきた十九歳。この一年で成長したかと問われれば、「いえそれほどでも…」と肩を竦めるだろうが、それでもここ東京で一年を過ごしたのは間違いない。

P465より引用

きっと多くの大学生も似たような生活を送るけど、その尊さに気付くのは遥か先のことだったりするよね。

==================

思えば、自分の周りを見渡してみても、青春時代を共に過ごした友人達はそれぞれの道を歩んでいきます。それでも、友人は記憶の片隅だったり、時々連絡を取れば昔話で盛り上がったり、自分の人生に彩りを添えてくれた大切な存在じゃないだろうか。

楽しく、笑いあった時代の思い出だけで生きていけるわけじゃないけど、それらは今を生きる温かい希望の灯になったりする。
この小説はそのことを気付かせてくれます。

君の手がほどけるとき叶わないまま

胸の窓光る先に手を振りながら離れゆく場所で笑い合うさま

星野源 「Friend Ship」

最後の歌詞聴くと、世之介がラストでキムくんに電車の中から手を振るシーンが鮮明に思い浮かぶ。
その次の2ページが悲しくも、心温かくなるすごいラストです。
ぜひ読んでみてください!

コメント

  1. […] 横道世之介×星野源「Friend Ship」世の中にはたくさんの青春小説があります… […]

タイトルとURLをコピーしました