らぽさんです。
先日、最近発売のこの本を読みました。
中学受験をテーマにした家族小説ですね。
あらすじ なぜ我が子のことになると、こんなにも苦しいの? ひとり息子の中学受験挑戦。塾に、ライバルに、保護者達に振り回され、世間の噂に、家族に、自分自身のプライドに絡め取られていく。過熱する親の心情を余すところなく描いた、凄まじき家族小説。
読む前からなんとなくですが一気に読んじゃうんだろうなあと推測して、なるべくぶつ切れにならないまとめ読みできる時間を見つけてそこで一気に通読。
通読が全くに苦にならないくらい面白い作品でした!
僕はもちろんこの小説に出てくるような当事者ではないのですが、それでもこの小説に出てくるような親と子供の中学受験に対する思いというか鬼気迫る情熱みたいなものを感じ取ることができました。
漫画の「二月の勝者」を通じて、ある程度最近の中学受験についての動向みたいなのはインプットできていたんですがこの本でも再認識したというか。
「二月の勝者」でも
君達が合格できたのは、父親の“経済力”。そして母親の“狂気”
「二月の勝者」より引用
という有名なセリフがありますが、この小説ではどちらかというと後者に焦点が当たっています。
中学受験なんて考えてなかったけど何気なく行かせた全国共通テストで好成績を納めた息子、そこから「嫌なら途中でやめればいいか」と軽い気持ちで受験を検討し始めるものの後戻りができないことを後に知る…
主人公でもある円佳の後半の狂気は読んでて辛くなるものがあります。父親の狂気ももんのすごかったですが。
読んでて「こんな教育(虐待)パパいるのかよ…」と思いましたが、当事者になるとそういう状況に追い込まれかねない世界になるんでしょうね、きっと。
良くも悪くもそういう世界に連れていかれる可能性があるのが中学受験という世界なのでしょう。
ラスト近くの今後の受験に対する方針についての夫婦での話し合いは鬼気迫るものがあった。わが子を思う親の気持ちがぎゅっと詰まっている。ここはぜひ読んでほしい。
中受っていうと「お受験」とかの言われ方みたいにネガティブな捉え方をされるのかもしれないけど、きっと乗り越えた先はこの小説のラストに出てくるような「やってよかった」と思える世界も拡がっているのかな。
そしてラスト、星波学苑(現実世界で言う開成?)の合格発表を待つまどかの描写がすごかった。合格発表が体育館に張り出された後の展開は、涙がちょちょぎれそうに…
それは、気分などでなく、ほんものの吐き気だった。口元に手をやり、うッと堪える。
自分の高校受験や、大学の指定校推薦の選抜結果を告げられる時も、就職活動の時にも、ここまで苦しくはなかった。自分が選ばれないことの百倍も千倍も、子供を選んでもらえないことが辛いとは。こんなに辛いことだとは、知らなかった。
きっと、皆、知らなかったと思うのだ。小学低学年の時、全国一斉実力テストの待ち時間に、他人の子どもの受験結果を噂していた人たちがいた。あの人たちが軽やかに、涼やかに、あんなふうに子どもの合否をうわさ話にできたのは、この感情にまだ出会っていなかったからだと思う。
「翼の翼」P295より引用
中受に精通している教育ジャーナリストのおおたとしまささんも、本の帯で「私の伝えたいことがこの物語には全部詰まってる」と書いてあったけど、きっとその通りなんだろうと。
本のタイトルである「翼の翼」。きっと誰にも翼はあって、中学受験を通じ紆余曲折しながらもその子供の翼をやっと見つけられた。そこに一筋の光を見出す親と子供の物語です。
すっかり水泳をしなくなった今の自分が、まだ泳ぎたいと思っているということを、彼は照れく感じたのか。
その表情を見た時、翼の翼はただ健やかにそこにあったのだと円佳は思った。
「翼の翼」P271より引用
エンターテイメントとしてはもちろん、中学受験のある意味ノンフィクションとも言えるのかな?
とても面白かったです。
翼をはじめとする子供視点や、塾講師である加藤の目線でも読んでみたいと思っているのは僕だけではないはず…
僕たち夫婦も子供にもしかしたら中学受験をさせるかもしれない。
僕の時代は住んでたところが田舎ということもあり、中受なんて、選択肢はあり得ませんでした。周囲も受験するのは数人レベル。
でも時代は変わり、これからの時代は絶対に公立ありきというわけにはいかないんだろあなと薄々感じています。環境によっては周囲の大多数が受験を検討してる場合もあり得るだろうし、そうなれば本人もそうだし親も影響を受けないわけはないだろう。
もし本人がやりたいというのなら、親としては全力で応援したいと思う。
それでもこの小説に出てくるような狂気の面を自分たちが他人事にできるかといったら、きっとそうでないと思う。
そこは多分、自分だけの問題ではなく自分たちの大切な子供だからこそ、距離感を誤ってしまった挙句、本人を追い込んでしまうこともあり得るのだろうなと。
半分小説の中の出来事、半分はもしかしたら実際に中学受験をする人たちが通る道なのかもしれないと思うと少しゾッとする世界でもある。知らないより知っておいた方がいいとは思うけど。
無理強いはしないだろうけど、本人が望んだ場合にどんな応援ができるのだろうなあと今からぼんやり考えたりする。その前に「中受したい」と言われた際に資金を貯めなきゃいけないんですけどね(吐血)
でも、机上の空論かもしれないけど僕は思います。中学受験だろうがスポーツだろうがゲームだろうが本人が一生懸命頑張ることを後押しするなら、何より親である自分が何かしらに頑張っていた上で後押ししたいと。仕事か趣味か勉強かなんでもいいから。
自分が不平不満ばかり言って、子供には頑張れというのは傲慢としか思えないし、自分勝手だと思う。
自分がなにも頑張っていないのに(からこそ)、子供に自己実現の夢を押し付けることだけはしたくないなあ。
俺も人生楽しんで頑張ってるから、君も自分のフィールドで頑張れや!みたいな。
親は親で自分の人生がある。
自分の人生を頑張るのが一番、頑張っている子供にもプレッシャーを与えずに本当の意味で二人三脚な気がします。
読んで、そんなことを思いましたとさ。
良書です!
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